靖國神社崇敬奉賛会青年部『あさなぎ』公式WEBサイト

『あさなぎ』とは


 遊就館友の会オンラインクラブから始まった、靖國神社に想いを寄せる若者達で語り合い自ら行動する事で知識を養い、想いを広めていくために集まった若者達で作る有志の会です。
 現在は靖國神社崇敬奉賛会青年部としての『あさなぎ』の組織作りを行っています。

設立趣意書



 英霊の方たちの生き方、死に様を私たちは靖國神社と遊就館で学びました。

 その生死は私たちの心に「この世界には私たちのために命がけで戦ってくれた方たちがいる」という感動を与え、無私の愛情と真の勇気の存在を示して下さいました。

 この感動は、現代の平和を当たり前と考え、偏狭な個人主義に陥りがちな私たちに、己を律することの大事を教えてくれます。

 そして私たちは英霊の方たちにならい、今生きている日本国民だけでなく、ご先祖をはじめとする凡ての日本に生まれ死んでいった日本人と、これから生まれてくる凡ての日本人の為に生きることが大切なのではないか、と考えました。それこそが無私の愛情、真の勇気の源泉になるのだと。


 私たちは、在天の英霊を紹介するに恥ずかしくない日本人となるよう自分達を研鑚し、英霊の由縁をより多くの人たちに知っていただくことを通じて、靖國神社を次代へ伝えてゆくことを目的とし「あさなぎ」を設立します。

『あさなぎ』の位置



 靖國神社崇敬奉賛会の「青年部」として活動を行います。

 他の様々な青年部や、青年会といった会は、3年が寿命といわれております。これは就職に伴う引っ越しや、環境の変化、思想の変化により、会の活動への参加が難しくなることや、自分本位の居場所探しの一環として、サークルやクラブ活動と同じ気持ちで入会するため、気持ちに飽きが来ると続かなくなることが原因と考えられます。

 あさなぎでは、永続的に活動を続けるために、組織の基礎を固めるだけではなく、崇敬奉賛会に包括され、靖國神社の御神域の一部をお借りしての活動を第一義に考えています。これは、会員の意欲を高めるだけでなく、常に参拝者のお姿を見ながら活動することによって、あさなぎの目的を体感して、さらなる賛同をいただきたいと願うからです。

名称の由来



 第1回目の会合において、組織化した上での勉強会・奉仕活動の実施が決定されたため、遊就館友の会オンラインクラブ掲示板と新設されたメーリングリストを通して、組織名の公募がなされ、第2回会合の場で持ち寄られた名称案から、紀元2600年の奉祝が行われた昭和15年11月10日午前10時に全国の神社で執行された奉祝祭で一斉に奉奏され、それ以来、今日でも靖國神社はもとより、多くの神社などで盛んに奉奏されている、神前神楽『浦安の舞』の歌詞


  昭和天皇御製
   天地の神にそいのる朝なぎの
    海のごとくに波たたぬ世を


から拝戴した。平和を祈る御製の御歌の中から、特に「朝なぎ」という語は、「朝、海上の波が穏やかになり、波が静かになること」(『全訳古語辞典第二版』旺文社)という意味で、平和であるという意味として解釈ができることから、恒久の平和を祈念するための勉強会を行う本会の趣旨に合うとして、『朝なぎ』が最もふさわしいのではという意見が出た。
 しかし、昭和天皇御製の御歌を、そのまま戴くのは畏れ多いことと、平仮名で統一した方が、さらなる解釈の幅を持たせることが出来ること、神道では漢字での読みよりも、平仮名で幅広く解釈することがあること、字より発音を大切にする言霊信仰があること、また、子供から大人まで、年齢を問わず本会の活動に参加して欲しいという希望を込めて、本会名称は、平仮名で『あさなぎ』とすることに決定した。

 御製の御歌の意味の他に「あさなぎ」という語を分解して解釈すれば、「あ」は「我・吾」であり、大人になるまでの「さなぎ」の状態である若者のための会ということになり、さらに解釈を広げれば、「あさ」は朝の清々しさ・新生・再生・若さ、また朝日には最も尊い神であられる天照皇大神を連想させ、祓行事をはじめとして、神道の祭祀には欠かせない「麻」にも通じる。一方「なぎ」は「和ぎ」とも書かれることから、和の精神・和み・平和を連想させる。
 また、樹木の梛の葉は熊野本宮大社・熊野那智大社・熊野速玉大社をはじめとする、神武天皇と縁深き熊野地方で災難よけ・厄除けの御神木とされ、静岡県熱海市の興亜観音近くに鎮座する伊豆山神社においては縁結びの御神木とされていることから、靖國神社を取り巻く暗雲を祓い、御祭神との縁・戦争体験者との縁を戴き、新たな会員と靖國神社との縁を取り持ちたいと願う本会の名称に適うものと考えられる。

(浦安の舞に関しては、「CD『神前神楽』ポリグラム株式会社 神社音楽協会会長 多静子解説」の説明文から抜粋した。)

戦後60年の現状と『あさなぎ』の活動方針


 大東亜戦争の終戦から60年が経とうとしております。この60年の間に、日本は高度経済成長を遂げ、世界屈指の経済大国となることができました。今日の若い世代の人々が1日3食の食事を満足に摂り、季節に合った快適な衣類を着て屋根のある家に暮らすことができ、高度なレベルの教育が受けられるようになりました。これらは全て、神代から今日に至るまでに、日本と日本を支えてくれた先人たちの努力のお陰であり、特に、幕末から大東亜戦争終結に至までの動乱の時代に、国のため、皆のために自らの命、生活を捧げて下さった方々の恩恵を頂いていることは言うまでもありません。
 しかし、多くの日本人は先人たち、また國神社にお祀りされている英霊の御霊、戦争によって命を落とされた全ての方、戦争で命を落とすことなく、その体験から日本の復興を担われた方々がおられることを忘れ、あるいは教育されることなく、当たり前のように今日のような生活ができると思っているのが現状です。
 
 私たち、あさなぎを設立しようとしているメンバー達は、社会の歪みに気付き、國神社を通して日本の文化に誇りを持ち、私たちと未来の子孫が戦争の恐怖に晒されることがないよう、世界の恒久の平和を願っております。
 しかしながら、あさなぎのメンバーは全員が戦争を体験したことがなく、身近に戦争を体験した方も少なく、資料からでしか戦争や、日本を守るために命を捧げられた國神社の御祭神を知ることができません。また、戦争を体験された方々も高齢になられ、やすくにへの祈りのバトンを受け継ぐのは可能な限り早くなければならないと考えています。
 
 私たちは、あさなぎを発足することにとって、積極的に國神社および國神社崇敬奉賛会の行事に参加をし、講師の先生方の話を聴く機会を増やすだけでなく、行事の後に勉強会を行い、更なる研鑽と理解をメンバー全員で共有することに努め、希望が叶うならば、様々な奉仕活動に一緒に参加させていただくことによって、理論だけでなく、実践を通して、世代を超えた交流により学んで行きたいと願っています。たとえ血が繋がっていなくても、心を通い合わせることができるならば、おじいちゃん・おばあちゃんの生きてきた軌跡を孫の世代である私たちが受け止め、日本人の精神文化を受け継ぎ、それを未来への中継点となることができるならば、これに勝るうれしさはありません。

 なお現在、崇敬奉賛会・遊就館友の会、共に会員数が減少の一途を辿っていることを伺いました。あさなぎの活動においても、崇敬奉賛会・遊就館友の会への入会を勧める運動をして行きます。
 國神社の掲げている「『やすくにの祈り』ともに未来へ」というスローガンを受け継ぎ、「『やすくにへの感謝』を世界へ」とすることができますよう努力して行きたいと考えています。