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これに過ぎたるは無し

2011年12月8日 木曜日

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これに過ぎたるは無し

  海軍少佐  横山正治命
  昭和十六年十二月八日
  ハワイ方面にて戦死
  鹿児島県鹿児島市下荒田町出身
  二十三歳

 皇国非常の秋(とき)に際し、死処を得たる小官の栄誉、之に過ぎたるは無し。
 謹しみて、天皇陛下の万才を奉唱し奉(たてまつ)る。
 二十有三年の間、亡父上、母上様始め家族御一同様の御恩、小学校、中学校の諸先生並びに海軍に於て御指導を賜りたる教官、上官、先輩の御高恩に対し衷心より御礼申上げ候。
 同乗の上田(かみた)兵曹の遺族に対しては気の毒に堪へず。
 最後に、皇恩の万分の一にも酬(むく)ゆる事なく、死する身を深く愧(は)づるものに有之候(これありそうろう)。

 海軍中尉 横 山 正 治

                         【平成二十三年十二月靖国神社社頭掲示】

遺書

2010年11月19日 金曜日

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遺書

        陸軍曹長  久米俊彦命
        昭和十九年十一月二十日
        フィリピン群島ミンダナオ島
         サンカナンにて戦死
        鹿児島県鹿児島郡西桜島村出身
        二十五歳

畏クモ大命ニ依リ、外敵征討ノ途ニ就ク。男子ノ本懐之(これ)ニ勝(まさ)ルモノナシ。
遂ニ待望ノ日ハ来ル。生キテ祖國ノ土ハ踏マズ。笑ッテ護國ノ鬼ト化ス。
為念一言遺ス。

 一、皇恩ニ感謝シ、皇室ノ御繁栄ヲ祈ル。
 一、戦死ハ武人ノ本懐ナリ。嘆クナカレ。
 一、名誉アル遺族ナリ。
   世人ノ講評ヲ享(う)クルナカレ。
 一、兄弟姉妹相助ケ、母上ニ孝養ノコト。

二十有余年間ノ親不幸ヲ謝シ、母上ノ御健康ヲ祈ル。
慎也ハ軍人トナル様、励マサレタシ。

今日ありて 明日ある身とは 思ふなよ
 皇國(すめらみくに)の 防人(さきもり)ならば

なげくなよ 桜の花と ちりし我
 ほほえみ来たれ 靖國の杜

母上様
兄上様
姉上様

【平成二十二年十一月靖国神社社頭掲示】

御母さん笑顔で送って下さい

2009年4月18日 土曜日

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御母さん笑顔で送って下さい

        陸軍軍曹 永留 忠男命
        昭和二十年四月十六日
        伊豆諸島御蔵島周辺海域にて戦死
        鹿児島県鹿児島郡伊敷村出身
        二十三歳

御母さん暫らく御無沙汰致してゐます。忠男も益々元気で毎日御奉公一途で励んでゐます。
此の度突然重大使命を帯びて某方面へ出発致します。思残す事はありませんが、二十有三年の間立派な帝国軍人と成る迄訓育下された御恩に何一つ報いる事なく御別れ致すのが心苦しき次第です。
御母さんの今迄の苦労は筆舌に尽しても余りあると思ひます。何時かは母上を幸福にさして上げたいと念願致して居りましたが、今となっては仕方はありません。
しかし大日本に生を禀けし男として最上の孝行の道にのぞまんとする今喜んで征きます。御母さん笑顔で送って下さい。
      (中略)
では最後に御母さんの幸福を祈ると共に、親戚及近所の皆様の御多福を祈りつゝ笑って征きます。

   四月五日

忠男
母上様 

【平成二十一年四月靖国神社社頭掲示】