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幸に御安心あれ

2010年9月19日 日曜日

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幸に御安心あれ

        陸軍歩兵上等兵 小山寅右ヱ門 命
        昭和六年九月二十五日
        満洲奉天省奉天付近にて戦死
        長崎県西彼杵郡喜々津村出身
        二十二歳

昭和六年九月十八日、満洲事変突発し、所属聯隊(歩兵第七十八聯隊)に出動の命令下り、翌日正午龍山駅を出発したが、新義州に於て待機中、小山上等兵は家郷の父に左の短信を寄せた。

  日頃鍛へし軍人精神の発揚に努め、
  天晴れ帝国軍人として君国に身を捧げ、
  決して一家一村の汚名をとるが如き
  卑怯の振舞なすまじく、
  幸に御安心あれ。

右の書信は九月二十四日父幸助氏の許(もと)に到着した。翌二十五日早朝こそは上等兵が護国の鬼と化した日である。(『満州事変忠勇美談』より) 

【平成二十二年九月靖国神社社頭掲示】

靖国神社で会ひませう

2009年10月18日 日曜日

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靖国神社で会ひませう

       海軍少尉 松尾 勲 命
       昭和十九年十月二十七日
       比島方面にて戦死
       長崎県南高来郡愛野町出身 二十四歳

 咲くもよし 散るも又よし 桜花

父母上様、喜んで下さい。勲はいゝ立派な死場所を得ました。今日は最後の日です。皇国の興廃此の一戦に在り。大東亜決戦の南海の空の花と散ります。
大君の御楯となって分隊長を初め、共に潔く死につき七度生れかはり宿敵米英を撃滅せん。あゝ男子の本懐是に過ぎるものが又とありませう。(中略)
二十三年の幾星霜良く育てゝ下さいました。厚くく御礼申し上げます。
今度がその御恩返しです。勲はよくも立派に皇国の為に死んでくれたとほめてやって下さい。ほんとに兄弟の中で私は一番幸せ者でした。喜んで居ります。弟も立派な軍人として御奉公出来る様にして下さい。お願ひします。もう何も思ひ残す事はありません。
父母上様、今度白木の箱でかへります。靖國神社で会ひませう。長い間有難うございました。(中略)

父上様
母上様
勲 

【平成二十一年十月靖国神社社頭掲示】