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無に近い境地です(最 後 の 筆)

2013年6月3日 月曜日

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海軍少佐 都所 静世 命
  回天特別攻撃隊
  昭和二十年一月十二日
  ウルシー海域にて戦死
  海軍機関学校第五十三期
  群馬県吾妻郡原町出身 二十一歳

 蒸風呂の中にゐるやうで、何をやるのもおくくふなのですけれど、やさしい姉上様のお姿を偲びつゝ最後にもう一度筆をとります。(中略)
 三十日の一七〇〇、豊後水道通過、迫り来る暮色に消えゆく故国の山々へ最後の訣別をした時、真に感慨無量でした。日本の国といふものが、これほど神々しく見えたことはありませんでした。神州断じて護らざるべからずの感を一入深うしました。
 姉上様の面影がちらつと脳裡をかすめ、もう一度お会ひしたかつたと心のどこかで思ひましたが、いやこれも私心、大義の前の小さな私事、必ず思ふまいと決心しました。(中略)
 艦内で作戦電報を読むにつけても、この戦はまだまだ容易なことではないやうに思はれます。若い者がまだどしどし死なゝければ完遂は遠いことでせう。(中略)
 生意気のやうですが、無に近い境地です。攻撃決行の日は日一日と迫つて参りますが別に急ぐでもなく日々平常です。太陽に当らないのでだんだん食欲もなく、肌が白くなつて来ました。(中略)
 今、六日の〇二四五分なのですが、一体午前の二時四十五分やら、午後の二時四十五分やらとにかく時の観念はなくなります。
 姉上様、もうお休みのことでせうね、今総員配置につけがありました。ではさやうならします。姉上様の末永く御幸福であります様、南海の中よりお祈り申し上げます。
  一月六日
 姉 上 様              静 世

  【昭和四十三年一月靖國神社社頭掲示】

父母ニ誓フ

2012年6月18日 月曜日

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海軍二等飛行兵曹  和田 博之 命
  昭和二十年六月十日
  土浦海軍航空隊に於て
       空襲のため戦死
  群馬県高崎市新町出身
  十九歳

一、永年、親不孝ヲシタ罪ノ償ヒニ、粉骨砕身御国ノ為ニ働クト共ニ、父母ニ対シ真心ヨリ仕(つか)ヘル事ヲ、心ヨリ誓ヒマス。

二、二度ト父母ニ対シ心配ヲ掛ケズ、自分ノ体ヲ大切ニ、何時モ元気デ朗ラカニ、真面目ニ働キマス。

三、常ニ弟妹ノ良キ模範トナリ、立派ニ指導シ、兄弟妹ソロッテ親孝行シマス。

四、本日以後、「父サン」「母サン」ト称ヘ、孝ヲ誓ヒマス。

   昭和二十年五月二十二日

                   和田博之

  「身体髪膚(はっぷ)之ヲ父母ニ受ク、
     敢テ毀損(きそん)セザルハ、孝ノ始メナリ」
  「親思フ 心ニ勝ル 親心
     今日ノ訪レ 何ト聞クラン」

  【平成二十四年六月?國神社社頭掲示】