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新生を信じやう(遺稿)

2014年7月7日 月曜日

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陸軍憲兵軍曹(中支派遣参謀部嘱託) 黒沢 次男 命
  昭和二十二年八月十二日
  上海にて法務死
  栃木県黒羽町出身
  三十四歳

遺稿
 夕暮れが来ると私は今日だけはやつと死なずにゐたと思ふ。そして宵闇が迫る頃は明日の心構をせねばならない。朝が来ると着てゐるものを全部取りかへて素裸になつて冷水で体をふき清潔なものを身につける。洗面と同時に洗濯、さあ今日は来るかと、机に向かつてうわ言集を書く。歌を作る。そして昼まであと二、三時間ある。そして夕方を迎へる。
 こんな張り詰めた生活、満月に引きしぼつたやうな心の緊張を保ち乍《なが》ら送る一日、私は幾日、幾十日、この生活をつヾけなければならないのだらう。一日、一日の集積が人生であるとは云へ。

         ―― ◇ ―― ◇ ――

 この一瞬々々を積みて一日として生きてゐる現在、この瞬間々々を刻む秒は私の生命に喰入つてゆく。恐らく死の陰惨さのみに心を注いでゐなくてはならないとしたら発狂してしまうだらう。永遠の沈黙のみに戦慄してゐるならば窒息してしまふだらう。恐れてはならない。戦慄してはならない。目先の現象にも心患《わずらわ》して迷ふ心。
 見よ、十万年前の夕空もきつとこんなに美しくあつたらう。百年前の雲もきつとこんなに輝しかつたらう。またヽく星、美しき月、かれんな虫の声、自然はわれには少しもかヽはりはない。
 うたかたの人生に悲しみ歎きて永遠を見得ざるわれ、この室に挿されたくちなしの花とてやがては散る。然れども来る夏には再び花を開きて芳香を放つであらう。昨夜のけらは死んでしまふかも知れないが新しいけらがまた昨夜と同じやうにまた鳴いてくれるであらう。われら人間とて永遠に絶える事はあるまい。再生を信じやう。新生を信じやう。理論も理窟もいらない。この小さなくちなしの花の美しい生命と、この毎晩鳴いてくれるけらの生命の根底がわかるまでは、人が生まれてくる生命の神秘が実証されるまでは、私は無条件で再生を信ずるより外はない。これを否定する何ものもない。息詰るやうな苦しみはたヾ生の欲求のみがなせる業だ。何番何番と、死の伝令の呼出しが来れば、私は静かに再生の第一歩をこの監房の扉より踏み出すであらう。その時は、絶対感のみが支配する。
  (後略)

  【昭和四十一年五月靖國神社社頭掲示】