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今生のお別れに言ふておく(応召に際し嬰児《ちのみご》に遺《のこ》す)

2013年2月4日 月曜日

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陸軍上等兵 西山 進 命
  昭和十三年十月二十一日
  南支広東省黄草嶺附近にて戦死
  山口県豊北町出身
  三十五歳

 十三年ぶりに生れた清子。
 お前は、父の為には義理ある母上様、お前の為にはババさん、この義理あるババさんのお手にて育てられる。
 その御恩は決して忘れてはなりません。父の分までも共に御恩報じをして下さい。
 両親がないとて、必ず肩身をせまくすることはない。御國の為に父は名誉ある義務を果たしたのです。
 次にお前の母は病身であつた。本年(昭和十二年)一月四日、お前を生み、喜ぶ間もなく五月三十日、百四十六日ぶりに死なれたのです。
 これ今生のお別れに言ふておく。
                              さやうなら

清子どの                           父より
    (長女出産、間もなくして妻の死にあひ、その直後 応召す)

                           【昭和四十二年四月靖国神社社頭掲示】

涙して下さるな

2011年10月1日 土曜日

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涙して下さるな

  海軍一等機関兵  安藤照太郎 命
   昭和十三年十月十六日
   中華民国湖北省西塞山にて戦死
   福岡県京都郡豊津村出身 二十四歳

 暑さも盛りを過ぎて、心持ち涼味を感ずる頃ともなりました。
 其の後、皆様には御機嫌麗(うる)はしく御過しの御事と存じます。
 御陰様にて身体は益々頑健にて御座いますれば御放念に下され度。
 今迄不遇な運命にありましたる私も時機到来、或る方面に転勤する事になりました。
 御老体の両親様並、三ちゃんや良ちゃんには御身体に特に留意せられ、二人には元気に勉強せられる様に。
 一度(ひとたび)戦地へ臨(のぞ)む上は、軍人として愧(は)ぢざる行ひは心に銘じて居りますれば、御安心下され度。
 終りに臨み特に御願ひ致し度は、不幸にして聖戦半(なかば)にて斃(たお)るるとも、家に在りて必ず涙して下さるな。
 此れが臨地(りんち)に向ふ私の唯一の御願ひです。
 笑って迎へて下されば、此に越した喜びは御座いません。
 呉々も涙して下さらざる様御願ひ致します。
 取り急ぎの為、乱筆ながら御通知まで。
 明年は出港の予定。御機嫌よう。
 元気で行って参ります。

               終
 昭和十三年八月十九日
御両親様
    膝 下

  【平成二十三年十月靖国神社社頭掲示】