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日の丸と共に生く

2013年8月5日 月曜日

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海軍上等兵曹 坂屋 三治 命
  昭和十八年六月八日
  柱島にて戦死
  岩手県水沢市姉体町出身
  二十六歳

(前略)
 遺言としましては今更申し上ぐることはありません。常日頃話しました
?生死一如《しょうじいちにょ》 我日の丸と共にあり日の丸と共に生くその姿は?國の社頭に薫る一片の桜花《おうか》――?の心境で御座います。
 又遺品も共に太平洋の戦場に消えるものばかりで少しもありません。
 只健康で必勝の信念と斃後而尚《たおれてのちなお》やまざる軍人精神とを以て盡中奉公《じんちゅうほうこう》の誠を盡《つく》し一死もつて國に報ゆる覚悟でありますれば何卒御安心の程を――
 厳寒の折柄御自愛専一にお祈り申して居ります。
 先づは乱文にて一筆啓上と致します。
 母上様を始め皆々様には呉々もよろしく御傳言《ごでんごん》の程お願ひします。

       軍艦陸奥十二分隊 坂 屋 三 治

 徳 治 兄上

  【平成十三年十月靖国神社社頭掲示】

僕は唱歌が下手でした

2010年1月26日 火曜日

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僕は唱歌が下手でした

          陸軍憲兵曹長 佐藤 源治命
          昭和二十三年九月二十二日
          ジャワ島バタビヤにて法務死
          岩手県出身 三十二歳

    一、僕は唱歌が下手でした
      通信簿の乙一つ
      いまいましさに人知れず
      お稽古すると母さんが
      やさしく教へてくれました

    ニ、兄弟みんな下手でした
      僕も弟も妹も
      唱歌の時間は泣きながら
      歌へばみんなも先生も
      笑って「やめ」といひました

    三、故郷を出てから十二年
      冷たい風の獄の窓
      虫の音聞いて月を見て
      母さん恋しと歌ったら
      みんなが泣いて聞きました

    四、僕のこの歌聞いたなら
      母さんきっとうれしさに
      頬すり寄せて抱き寄せて
      「上手になった良い子だ」と
      ほめて下さることでせう

【平成二十二年一月靖国神社社頭掲示】