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私たちの若い美しい日(想恋賦………妻への手紙)

2012年11月5日 月曜日

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陸軍少尉 山川 弘至 命
  昭和二十年八月十一日
  台湾屏東、南飛行場にて戦死
   國學院大學卒
   岐阜県郡上群高鷲村出身
   二十八歳

 京子さん お手紙ありがたく拝読いたしました 私はあなたの手紙をどんなに待つてゐるか知れません(中略)そしていつもあなたのおたよりがつくと必死でよみます そこからすこしでもあなたに接してゐたいとおもふからです そしてあなたの手紙に感動したりよろこんだり 時には手紙が短かつたり 比較的平凡な生活の表面的報告であつたりすると 心からいきどほつたりいたします 私はあなたの文章のうちから何ものをかかぎ出さずにはおかないからです(中略) あなたの手紙が来てしばらくはいつも元気が出るのです しかしよろこびが大きい丈に期待にはづれるとふんがいします といつても之はあなたがいけないのではありません 私が我ままなのですから どうか我ままな私をゆるして下さい(中略)あなたがあるといふことは 他の人に比していかに私は幸でせうか 只々すべてに感謝あるのみであります(中略)
 私たちはあの日あつい涙で二人して誓つたことを どんなことがあつても忘れません 必ず生きてかへりますから そしてきつときつとあなたを幸せにすることを誓ひますから それまでどんなことがあつてもまつてゐて下さい 私たちの若い美しい日を必ず必ず二人で築き上げませう(後略)

   【昭和四十四年八月靖国神社社頭掲示】

くにへのほうこう(お母さんさやうなら)

2012年5月7日 月曜日

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陸軍上等兵 堀 曽六 命
  昭和十五年一月七日
  支那湖北省にて戦死
  岐阜県出身
  二十六歳

 お母さんぼくはたいへんげんきです。あんしんください。
 しぬもいきるも、ときのうんです。いっしやうけんめいやります。なんのかうかうも、ようせなんだが、くにへのほうこうは、いちにんまへします。五にんまへするつもりです。
 めいよのせんしをしたときは、りつぱにしんだと、ほめてください。いまにりつぱなはたらきをします。まつてゐてください。お母さん、からだをたいせつに、さやうなら

                    曽六

  母上様

  【平成五年一月?國神社社頭掲示】

今日に優れる喜びは無し

2011年5月15日 日曜日

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今日に優れる喜びは無し

       海軍中尉  辻 重二 命
       昭和十九年十一月十九日
       比島東方海面にて戦死
       岐阜県武儀郡上牧村出身 二十三歳

遺 詠

研(きは)むるも飛ぶのも帰する処には 君の為には命を捧げん
空に行く己が体をこれまでに 育てし父母に涙こぼるゝ
   昭和拾九年元旦
省みるみる日の重なりて
     神に近づく一足なるらん
我が心ゆるまんとせばまぼろしの
     母の姿が空に浮かびぬ
明日来りなば空の彼方に消ゆるとも
     友の情は忘れずあらむ
     一九、八、二
          大分にて 遠野少尉に会ひて
生をうけ喜悲に幾度会ひけるも
     今日に優れる喜びは無し
     一九、八、八
御両親様
待望の大命を受け征途につかんとす
日頃の訓練の成果を遺憾なく発揮する覚悟で居ります
弟妹に宜しく
夕暗をついて帰れる編隊に
     友の愛機の缺(か)けたるさみしさ

            輝部隊   辻 重二

【平成九年十一月靖国神社社頭掲示】

私が死んだら

2010年4月18日 日曜日

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私が死んだら

        陸軍少尉 山 川 弘 至 命
        昭和二十年八月十一日
        台湾屏東南飛行場にて戦死
        岐阜県郡上八幡町出身 二十八歳

 私が死んだら
 私は青い草のなかにうづまり
 こけむしたちひさな石をかづき
 青い大空のしづかなくものゆきかひを
 いつまでもだまつてながめてゐやう。
 それはかなしくもなくうれしくもなく
 何となつかしくたのしいすまひであらう。
 白い雲がおとなくながれ
 嵐が時にうなつて頭上の木々をゆすぶり
 ある朝は名も知らぬ小鳥来てちちとなき
 春がくればあかいうら青い芽がふき出して
 私のあたまのうへの土をもたげ
 わたしのかづいてゐる石には
 無数の紅の花びらがまふであらう。
 そして音もなく私のねむる土にちりうづみ
 やがて秋がくると枯葉が
 日毎一面にちりしくだらう。
 私はそこでたのしくもなくかなしくもなく
 ぢつと土をかづいてながいねむりに入るだらう。
 それはなんとなつかしいことか。
 黒くしめつたにほひをただよはせ
 私の祖父や曽祖父や
 そのさき幾代も幾代もの祖先たちが
 やはりしづかにねむるなつかしい土
 その土の香になつかしい日本の香をかぎ
 青い日本の空の下で
 私は日ごとこけむす石をかづき
 天ゆく風のおとをきくだらう。
 そして時には時雨がそよそよとわたり
 あるときは白い雪がきれいにうづめるだらう。
 それはなんとなつかしいことか。
 そこは父祖のみ魂のこもる日本の土
 そこでわたしはぢつといこひつつ
 いつまでもこの国土をながめてゐたい。
 ただわたしのひとつのねがひは

 ―ねがはくは 花のもとにて 春死なん
    そのきさらぎの もち月のころ―― 

【平成二十二年四月靖国神社社頭掲示】