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六月のチラン(祖國よさらば)

2014年2月3日 月曜日

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陸軍大尉 枝 幹二 命
  第六航空軍司令部
  昭和二十年六月六日
  沖縄方面にて戦死
  富山県出身
  二十三歳

(六月五日)
あんまり緑が美しい
今日これから死に行くことすら忘れてしまひさうだ
眞青な空
ぽかんと浮ぶ白い雲 六月のチランはもうセミの声がして夏を思はせる

“小鳥の声がたのしさう俺もこんどは小鳥になるよ”日のあたる草の上にねころんで杉本がこんなことを云つてゐる笑はせるな

本日一四、五五分
いよいよ知ランを離陸する なつかしの祖國よ
さらば
使ひなれた万年筆を“かたみ”に送ります。

  【平成十五年六月?國神社社頭掲示】

お母さん

2012年5月23日 水曜日

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陸軍衛生軍曹  向川 敬昌 命
  昭和二十年五月十七日
  比島群島ルソン島ヌエバビスカヤ州
           ラクタワン町にて戦死
  富山県西砺波郡石動町出身
  二十六歳

お母さん。
敬昌は立派に天皇陛下万歳と笑って、祖国の為に南に散って征きます。
二十何年の長い間の限りなき愛を思へば、有難く只感謝の外ありません。
それに引きかへ、何ら御両親の恩愛に報ゆる事の出来なかった不甲斐ない己を想ふと、悲しく心から泣けます。不孝の罪は御許し下さい。
敬昌は、今は宿敵米撃滅の鬼となり、尊い血汐を流し比島の土と化します。
長い間、有難う御座いました。後の事は宜敷く御願ひ致します。
お母さんも達者で、長寿を全うされん事を、遠い異国の草葉の蔭より御祈り致して居ります。
姉にも妹にも悪い兄であり、弟であった事を深く御詫び致します。
私に
  金銭の貸し借りなし
  婦女の関係なし
                   比島にて
                  向川敬昌拝
 母上様
  一、ちりほどに 心に残る 何もなし
     今日限りの 夕暮れのそら
  一、今はただ 怒りに燃へて 夷(えみし)らを
     根こそ攘(はら)はむ いのち捧げて

  【平成二十四年五月靖国神社社頭掲示】

皇国に殉ずる機、到来す

2009年9月18日 金曜日

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皇国に殉ずる機、到来す

       海軍大尉 中田 庄平 命
       昭和十九年九月二十一日
       フィリピン群島マニラ湾附近にて戦死
       富山県東礪波郡種田村出身 四十二歳

愈々皇国に殉ずる機、到来す。武人の本懐何物か之に例へん。偕老を契る七年余、逆境にあること尠なからざりしに、赤誠以て克く後援の労を尽したるを感謝す。茲に一言述べて、将来準拠すべき点を明かにし、別辞となさんとす。

一、博明を十二分に養育し父の素志を継がしむる事
二、母上に孝養を尽されたし
三、良縁あらば再婚差支なし
四、健康第一、誠心を以て世に処せよ
五、博明、年到らば別紙を渡し激励されたし

はゝを立て わが子培(つちか)ふ 誠こそ
 男(お)の子にまさる 大和なでしこ

閘北総攻撃に際して 庄平
たか子どの 

【平成二十一年九月靖国神社社頭掲示】