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兄は櫻の木に咲いて居る

2013年4月1日 月曜日

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海軍少尉 服部 壽宗 命
  神風特別攻撃隊「菊水部隊天櫻隊」
  昭和二十年四月十六日
  南西諸島方面にて戦死
  三重県出身
  十九歳

節子殿
 兄は神風特別攻撃隊の一員として明日敵艦と共に、我が愛機雷撃機天山に特攻用爆彈を抱きて命中、男一匹玉と碎《くだ》け散るのだ、最後にのぞみ一筆書遺し置くことあり。
 節子も今では立派な可愛い女学生となつたことであらう。兄は節子の女学生姿が見られずに死んで行くのが残念だ。節子も光輝ある服部家の一女子だ。兄の一人ぐらゐが死んだとて何も悲しみなげく事はない。
 兄は喜んで天皇陛下の為、重大危機に直面して居る日本の為、一億國民の楯となつて散つて行くのだ。少しも悲しまずに笑つて兄の魂を迎へて呉れ。
 (中略)
 兄は常に九段の社の櫻の木の枝に咲いて居る。裏の元屋敷の櫻の木にも咲きますよ。櫻が咲いたら兄だと思つて見て下さい。
 さやうなら。母上を御願ひ致します。
 出撃前夜                          兄
親愛なる妹 節子殿

  【平成十五年四月靖国神社社頭掲示】

ニイサンガ カタキヲ ウツテヤルカラ(妹へ)

2013年3月4日 月曜日

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海軍少尉 宮崎 勝 命
  神風特別攻撃隊第五神剣隊
  昭和二十年五月四日
  沖縄にて戦死
  三重県松阪市日野町出身
  十九歳

 イモウト ヤスコチヤン
 ヤスコチヤン、トツコウタイノニイサンハ シラナイダラウ。ニイサンモ ヤスコチャンハ シラナイヨ。
 マイニチ、クウシユウデ コワイダラウ。ニイサンガ カタキヲ ウツテヤルカラ、デカイボカンニタイアタリスルヨ。
 ソノトキハ フミコチヤント、ゴウチンゴウチンヲウタツテ、ニイサンヲヨロコバセテヨ。

  【昭和五十一年五月靖国神社社頭掲示】

絶対にひみつです(別れ)

2012年9月3日 月曜日

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陸軍伍長 石橋 義郎 命
  昭和十七年二月四日
  比島ルソン島にて戦死
  三重県出身
  二十四歳

先日は突然にて失礼致しました。
無事に帰隊致しましたから安心下さい。
今日上田君が家にかへりましたのでことづけます。
これが父母上様にもお別れとなると思ひます。
でもまだはつきりわかりませんがもうお目にかゝる時はないと思ひます。
決してこれはひみつですから他へもらさないで下さい。
こゝにつめをいれましたもしかの時がありましたらこれにてお願ひします。
では皆々様御身大切にお別れ致します絶対にひみつですからもらさぬ様お願ひ致します。
 面会も出来るか出来ぬかわかりませんから来ないで下さい、ではさやうなら。

 父上様

  【平成三年十一月靖国神社社頭掲示】

遺  書

2011年9月1日 木曜日

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遺  書

  陸軍曹長  中西 八郎 命
  昭和十八年九月十四日
  ラエ付近にて戦死
  三重県度会郡城田村出身 二十三歳

兄ハ此ノ度(たび)、大東亜戦争ノ第一線ニ参加スルノ光栄ニ浴(よく)シ、勇躍征途(ゆうやくせいと)ニ就ク。
固(もと)ヨリ毫(ごう)モ生還ハ期セズ。
吾無キ後ハ、我ニ代リ我々ノ養育ニ終生ヲ捧ゲシ御両親様ニ、十分ナル孝養ヲ尽サレンコトヲ望ム。
兄戦死スト雖(いえど)モ、決シテ決シテ歎(なげ)クコトアルベカラズ。
益々勇気百倍兄弟力ヲ合セ、家名ノ隆昌昂揚ニ勉(つと)ムベシ。
兄ハ、オ前達一同ノ健康ヲ祈ルヤ切ナリ。
  昭和十八年六月二十四日
            兄ヨリ
  弟妹一同ヘ

                         【平成二十三年九月靖国神社社頭掲示】

遺   書

2011年2月1日 火曜日

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遺   書

       陸軍少尉  前田健三命
       昭和十九年二月二十四日
       中部太平洋方面にて戦死
       三重県鈴鹿市一ノ宮町出身 三十二歳

御両親様へ
 只、一人ノ幸子ヲ北満迄寄コシテ下サッタ事ヲ、
 常ニ感謝シテヰマス。
 少シノ孝養ヲ尽ス事ナク、
 カへッテ御心配バカリオカケシテ、申訳有リマセン。
 若クシテ夫ニ離レタ幸子。
 幼クシテ父ト別レタ富美子及来春生レテクル子ノ
 好キナ父母トナリ、
 祖父母トナッテ、軍人ノ妻トシテ遺児トシテ、
 立派ナ日本人ニ育テラレル様、御願申上ゲマス。
 私ハ今何ノ心配モナク、笑ッテ散リマス。

幸子へ
 結婚以来二ヶ年、其ノ間軍人ノ常トハ言ヒナガラ、
 何等夫トシテノ愛情ヲ傾ケル事モナク、
 別レルヲ御詫スル。
 充分健康ニ注意シ、御両親ニ孝行ヲシ、
 子供ヲ有為ノ士ニ育テラレヨ。
 常ニ幾多靖國ノ神トナラレタ人、
 及其ノ妻、子ノ事ヲ思ヒ修養シ、
 婦徳ヲ収メラレヨ。
 次ハ、靖國ノ社頭デ会ハウ。

富美子及来春生レル子へ
 父ヲ知ラナイ諸子ハ、可愛想デアルガ、
 身体ヲ鍛ヘテヨク勉強シ、
 母ノ言フ事ヲ守ッテ立派ナ日本人ニナレ。
 母ハ若クテ父ニ別レ、御身等ノ為ニ強ク生キ、
 凡ユル苦難ノ道ヲ歩ンデキタノデアルカラ、
 充分孝養ヲ尽クシ、イツイツ迄モ労ッテクレ。
 父ハイツモ諸子ノ幸福ヲ祈ッテヰル。

 【平成二十三年二月靖国神社社頭掲示】