くにへのほうこう(お母さんさやうなら)

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陸軍上等兵 堀 曽六 命
  昭和十五年一月七日
  支那湖北省にて戦死
  岐阜県出身
  二十六歳

 お母さんぼくはたいへんげんきです。あんしんください。
 しぬもいきるも、ときのうんです。いっしやうけんめいやります。なんのかうかうも、ようせなんだが、くにへのほうこうは、いちにんまへします。五にんまへするつもりです。
 めいよのせんしをしたときは、りつぱにしんだと、ほめてください。いまにりつぱなはたらきをします。まつてゐてください。お母さん、からだをたいせつに、さやうなら

                    曽六

  母上様

  【平成五年一月?國神社社頭掲示】

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コメント3件

  1. 一介の臣民として より:

    この言乃葉を拝読して、「人間、良く生きて、良く死ぬことが大切なんだなあ」と実感しました。

    今時は、「死ぬことはお終いで、何としても生きることにしがみつく」という風潮が強いのですが、彼は本当に死んだ後の世界も見据えた上で、「お母さんぼくはたいへんげんきです。あんしんください」と言っているのではないかと思えました。

    そう考えると、やはり靖国神社に一人でも多くの方々にお参りしてほしいと感じたところです。

  2. スダ より:

    二十六歳。英霊の言乃葉を最初に読んだころは、同年齢、あるいは年下のかたが多かったが、自分が歳をとるにつれ、だんだん、英霊が年下になられてゆく。英霊が生きられなかった分の人生を自分は生きているわけだが、この点について、なんともいえぬ気持ちになる……。申し訳ないとは言わないが、どこかしら忸怩たる思いがある。これは英霊が、十代、二十代で、陛下のため、国家のため殉じられるという大功をなしたのに、我が身を振り返ると、英霊の万分の一も、陛下のため、国家のためお役に立てていないという事実は、いかんともしがたいからであろうか……

  3. 外 山 より:

     
        私は、千人前にするつもりです。
     
        戦国武将の ゲームやマンガ、歴史好きな若い方は信長様が好
        きだったりします。
     
        義経のように、敵に下るよりは戦って亡びる方を選ぶカッコ良い
        死様 生様 を生き切った英傑の姿を崇拝しているはずですから、
        生に諂う 弱気を嫌う 真ッ当な精神性が、外来物に目移りしてい
        た所から本来の本物に帰宅しはじめたと思うので 、近い未来の
        人格の発達を安心して想像しています。
     
        戦国時代だけでなく 、近代にも勇者があったことを常識としたい
        し、立派な働きをしますと出陣する精神は きっと自衛隊にも受け
        継がれているはずです。
     
        言乃葉が 心の琴線に触れる言葉なら 、その心に そもそも義勇
        奉公の芽があるのですから、方向性は自ら正しく、あとは成長さ
        せるだけ、伸ばすだけだと思います。

     
                                   皇紀 2672年 5月 20日(日)

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