親不孝の連續でした

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親不孝の連續でした

  陸軍兵長  石嵜 享 命
  陸軍甲種幹部候補生 歩兵第四百五十三聯隊
  昭和二十年八月五日
  宮崎県宮崎郡住吉村にて戦死
  福岡県出身 二十歳

 遺 言

 日本男児の本懷(かい)たる入隊の報必ずや来るものとは覚悟はしてゐました。なれどもかくも早きとは思ひもかけず、心も身体も確と固まつてはゐません。
 生を享けてより満十九。小学生迄の幼年時代は色々父上母上には、血の思ひの程。小生腕白なでば手の事など、ほんたうにどれだけ心配をかけたか。
   (中略)
 親不孝の連續(ぞく)でした。だが今日入営しましたなれば、十分身体には気をつけます。なでどももし身体が悪くなれば仕方なし。身体續(つづ)きなば生れかはつて参りませう。父上、母上、姉妹殿、どうか身体を大切に御暮らし下さい。叔父上、叔母上にはよろしく。祖父にも米壽を祝はれるまで永生きをしてください。
 達夫兄にもどうか御頼み致します。乱筆ながら一筆を残す。

 「辞世」
 初櫻身も命も大君の
 みもとにさヽげ我は行くなり

  【平成十八年十月靖国神社社頭掲示】

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コメント3件

  1. 外 山 より:

     
        ?身も命もささげ大君に順(まつら)う?
     
      戦国時代のような 力関係に応じて好きでもないのに
      味方になったり敵になったりするような面倒な状況を
      除けば、相手の立派さを感じ取り その感激のまま こ
      れに仕えて生きよう、「 さむらう=侍ふ、候ふ 」「 侍る
      =はべる 」 というから 君臣の別が生じ、君に忠義を
      尽くす侍の道がある。
     
      男に惚れるのはなにも女だけではなく、男が漢( 仕え
      る対象 ・ 親分 )に惚れるというのがあり、マンガなら

      「 あの男を海賊王にならせてやりてェ 」

                (『ワンピース』からエースの言葉)

      というのがそれです。 身分を尊くしたら義経と弁慶が
      そうで、これが「さむらう」。

      貴族でもヤクザでも職人でも 何にでも親と子の関係
      があり、だから同じ屋根の下に住むので 八紘一宇 。 

      先ほどの「さむらう」が更に献身的になり、何もいらな
      い全て捧げようというのが「まつらう=祭る」です。
      神社で神官さんはこれをやってるわけです。

      ( 安岡正篤さん『十八史略・上)』42頁の感想 ) 
     
       「さむらう(侍ふ)」が比較級なら、
       「まつらう(祭る)」は、最上級。
      
      民草は徳風に靡(なび)き、陛下に順(まつら)う。

       皇紀 2671年 12月 21日
     

  2. 外 山 より:

     
     現在を生きる皆はどうであろう?

     足踏みしている心の成長が、英霊によって励まされる。

     励まされて、きっと立派になれるはずだ。
     
     
     皇紀 2672年 1月 13日

  3. 外 山 より:

     
        とある名僧の教養教育
     

     お坊さんが、粗暴だった武士に施した心神の教育の精華を判断する際、
     その つくった和歌を見て どれくらい心が育ったかを心眼で知ったという
     仏教らしい和風な ※故事 があります。
     
     心とか精神は神聖で扱いがデリケートなことを考えたら、内面を表す繊
     細で 繕う事が出来ない 「 和歌 」(メロディーを伴った声音) を もって感
     受性を微妙なまま受け取った方が話が早いと成るからこそ成り立つ。
     
     なら、逆に僧の詠んだ和歌を先生とするのも面白いでしょう。英霊の死
     ぬ間際の本心で詠んだ和歌が どういうものかで、どれだけの精神であ
     ったか判るはずだし、 和歌を遺させた精神性、その心象を御手本とで
     きるはずです。
     
     
      ※ この話は、新渡戸稲造著『武士道』に載っています
     
     
                                 皇紀 2672年 4月 28日(土)

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