これに過ぎたるは無し

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これに過ぎたるは無し

  海軍少佐  横山正治命
  昭和十六年十二月八日
  ハワイ方面にて戦死
  鹿児島県鹿児島市下荒田町出身
  二十三歳

 皇国非常の秋(とき)に際し、死処を得たる小官の栄誉、之に過ぎたるは無し。
 謹しみて、天皇陛下の万才を奉唱し奉(たてまつ)る。
 二十有三年の間、亡父上、母上様始め家族御一同様の御恩、小学校、中学校の諸先生並びに海軍に於て御指導を賜りたる教官、上官、先輩の御高恩に対し衷心より御礼申上げ候。
 同乗の上田(かみた)兵曹の遺族に対しては気の毒に堪へず。
 最後に、皇恩の万分の一にも酬(むく)ゆる事なく、死する身を深く愧(は)づるものに有之候(これありそうろう)。

 海軍中尉 横 山 正 治

                         【平成二十三年十二月靖国神社社頭掲示】

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コメント3件

  1. 外 山 より:

     
     候文の引き締まった重厚感が、皇国の恵沢に浴する赤子の
     尊皇の心と保育教育の感謝で溢れる篤い生の充足を表して
     いる。

     護国を死処とする天晴れな心意気は煌めきを放っている。
     
     
       アフリカかどこかの長老を訪れたユングが宗教心
       を訊ねた時のことです。

       ユングが「皆は太陽を拝んでいるけれども、太陽
       は神なのか」と問うと、長老はそうではないと答え、
       「毎朝、太陽を拝んでるのは何故なのだ」と、もう
       一度聞くと、「太陽が神なのではない、 太陽が出
       てくる時が神なのである」と答えたというエピソード
       があります。
     

     光を放つ神々しい瞬間を行えば、太陽でも人間でも神に成
     れるのだと思います。

     なにしろ同じなのですから。陽も日も霊も人も「ヒ」で。
     

     皇紀 2671年12月 9日

  2. 外 山 より:

     
       御遺書は真髄が書かれてあるところが良いなぁ。
       これは、和歌と同じで嘘では詠めず書けもしない。
     

       分厚い本を書く時はどうしても、美辞麗句 を厳選するため、
       修飾語が多いことになる。見栄 ・ 見栄えを気にするので厚
       みの割に内容薄く、どちらかというと綿密な独力による哲学
       的なものより 歯に衣着せぬ対談本が良いというのは、渡部
       昇一名誉教授の著作でのアドバイスであったと記憶する。
     

       字数が少ない方が厚みがある。

       何書こうかなと考えて書くのでなく、心情もしくは真心そのも
       のを素直に形にあらわす為に、そこには自然と心の音を記
       した旋律があって、音楽的な静寂や躍動感があり心に感ず
       るところが大きいし多い。

       そういったものの中から共通性を見つけ出し公式とし、応用
       力をもってテクニックで製作したものが後の世に発展発達す
       るであろうが、 こういうのは線が細く 感化するエネルギーに
       乏しい。

       先ほど話題にした「素直に」という時に、武徳という限定を含
       んだ「 素直 」であるところが御遺書の一番の美点で、そうで
       あるが為に心が勇敢な方向性に動く。
     

       素直に生に苦しんだ小説ばかりに同情しておるとネガティブ
       になるから、ポジティブであるのが素直の方向性である成功
       体験型を模倣して解決策を見つけ出せるようなものを読んど
       くことが大事だな。

     
       皇紀 2672年 1月 11日

  3. 外 山 より:

     
       万歳は、渾身の力を籠めて発唱したい。
     
                                  皇紀 2672年 4月 22日(日)

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