一撃必中あるのみです

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一撃必中あるのみです

  海軍少尉  曾我部 譲 命
  昭和二十年八月九日
  本州東南方海面にて戦死
  愛媛県出身 二十一歳

 (前略)
 戰局益々切迫したる折柄不肖私も敢然立つてお國のために働くべき時が来ました。
 生れてこの方二十二年今日ほど感激したことはありません。血湧き肉躍ると いふ言葉は、私たちのために作られたやうなものです。
 (中略)
 一度離陸すれば必ずかへつて来ない事はわかつてゐても、幾多の同僚はみんな「ニッコリ」笑つて散つて行きました。私もみんなに續(つづ)いて立派に散ります。
 もう一度家へかへりたいと思ふこともありましたが今更そんなことは考へません。
 (中略)
 ただ一撃必中あるのみです。私たちには死生觀(かん)とかそんなものはありません。
 たゞ國のために死ねることを最大の光榮として居ります。
 戰果は発表されるかどうかわかりませんが、必ず大きな手柄を立てたものと思つて下さい。
 では達者でお暮し下さい。
 (後略)

  【平成十七年十月靖国神社社頭掲示】

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コメント5件

  1. 外 山 より:

     笑って死ねるとカッコイイ。

     光栄を背筋として覚悟が決まる時、
     平常心で「 ニッコリ 」と別れのあいさつができるのです。

     皇紀 2671年11月16日

  2. 幽人希望 より:

    戦果は発表されるかわからないが、必ず大きな手柄を立てたものと思ってくださいという、言葉に、曾我部命の手紙の相手へ(家族だろうけど、宛名が省略されているのは、いただけない)の思いやりを感じる。

    戦場での戦果の確認は、難しい。自分の死は覚悟しているが、たとえ戦果を挙げてもそれが伝わらない可能性を思うと、相手(おそらく家族)が、さぞ不安に思うだろうと考え、「必ず大きな手柄を立てたものと思ってください」と書いたのだろう。

    家族としても、たとえ死の状況がわからないとしても、あらかじめこのようにいってくれれば、「息子(あるいは夫)はきっと戦果を挙げてお国のために役立って死んだに違いない」と、信じることができる。

    それが事実かどうかは、だれもわからぬ。あるいは、事実ではないかもしれぬ。だが、散華せる家族の言葉を信じる心のうつくしさは、尊い。また、必ずや信じる本人に強く生きる力をあたえたに違いない。それも、また尊く思う。

  3. 外 山 より:

        戰  果
     

     戦は独りでは戦えない。
     
     戦果の源泉は、集団戦で相手の防御を突破する中にある。

     勝利は皆で祝う。

     戦果も皆のもののはずである。
     
     
     
      結 論

     直接の戦果が確認できないような 、 敵味方入り乱れての
     戦闘中にどこかで戦死した場合であっても 「 全体的 な作
     戦の成果をもたらす戦死であった 」 と 、上 から名誉が与
     えられたら御遺族にとって善いと想う。

              ( お札の技術で つくった 綺麗なもの )
                  ↓
     叙勲の際に用いる表彰状のような御紋が入った装飾が立
     派で豪華な厚い紙に、これこれにより作戦の成功に( とに
     かく 「 間接的に 」 をカッコ良く いう ) 貢献 されて 偉い 、
     「 良う致した 、 褒めてとらす! 」
     と書かれてあったら、英霊は嬉しいと思う。

     
     
     御國の為になったことを、
     もっと國家・政府が明確にしてよいと考える。

     

     皇紀 2671年12月 6日

  4. 一介の臣民として より:

    戦いの中で命を捨てなければいけない悲しみと、現世への思いを断ち切って宿命を敢然と受け入れる男の強さを感じました。

    特攻隊員に関しては、散華する際に「天皇陛下万歳!」と叫んでいたという論と、「お母さん…」とつぶやいていたという論が対立しています。

    おそらく、ある意味でどちらも本当であったのだろうと思います。
    私的な想いと公的な想いの間で揺れ動き、最後には私的な想いを断ち切り、覚悟を決めて自らの運命と向き合うという心の動きが見て取れます。

    若くして死ぬことを受け入れることが容易なこととは到底思えませんが、圧倒的な敵国の力の前に生まれ育った祖国が荒れ果ててゆく戦況を目の当たりにして、自らの役割を自覚し、昂然と立ち向かう軍人の強さと心意気に少しでも学ぶことが出来ればと思いました。

  5. 外 山 より:

     公的な事も私事も、情から発し、
     国を憂える、家族を心配する 「あはれ」 の心です。

     そうであるから、
     政治が国民から離れないのだと想います。

     皇紀 2672年 1月 3日

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