魂は再び我家にかへります

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魂は再び我家にかへります

  海軍大尉  本井 文哉 命

  昭和二十年一月十二日
  中部太平洋ウルシー湾にて戦死
  新潟県出身 二十一歳

  (前略)
 思へば長い又短い楽しい又悲しいことも多かつた二十年でした
 新潟こそ私の生立ちの地私の遺髪は必ず必ず御先祖様のお墓の中に葬つて下さい
 決して特別に私一人の墓をたてられぬやうに
 今かうして筆を執つてゐるといろいろ昔の頃の思ひ出がうかんでまゐります
 私は死すとも魂は再び新潟なる我家にかへります
 私亡き後も私がなほ聖戦に頑敵(がんてき)を撃つてゐるおつもりで今までの如くお暮し下さい
 ここに御恩の万分の一にもお報いすることの出来なかつた不孝をおわび致しますと同時に私の最後の一生をかけてこの働きを御覧下さい
 そして私の最上の親孝行をお受け下さい
 最後にお祖父様をお大切にして下さい
 文昭のこと呉々もお願ひ致します
 豊ちやん 昌ちやん さやうなら

 昭和十九年十二月二十八日

 父 上 様
 母 上 様

                                【平成十七年一月靖国神社社頭掲示】

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コメント2件

  1. 佃充基 より:

    本井文哉命の御霊が新潟のご自宅に還られていらっしゃる事と信じております
    ご英霊のご加護を受けて、私たちが日々安楽な生活をしている事を改めて実感させられるご遺書です。
    私たちの祖国を今もお護りくださっているご英霊に恥ずかしくない生き方を心がけることをお誓い申し上げます

    平成23年7月28日
    佃 充基拝

  2. 幽人希望 より:

    「新潟こそ私の生立ちの地私の遺髪は必ず必ず御先祖様のお墓の中に葬つて下さい。決して特別に私一人の墓をたてられぬやうに。」という言乃葉から、本井命が、いかに、故郷、そして、先祖はじめ家族とのつながりを強く意識し、大事に思われていたのかが、感じられて、とても切ない気持ちになる。

    「魂は我家にかへる」ではなく「魂は再び“新潟なる”我家にかへる」のである。本井命が、どれほど故郷の新潟を愛していたか! が、「故郷を愛している」などといわなくとも、切々と伝わってくる。

    それも「再び」である。この再びからは、「外出したあと、いままで普通に家に帰ってきたように」、戦死したあとも、わたしは「再び」いままでのように、家に帰る、という意味あいを感ずる。本井命が、戦死後、英霊となって故郷にかへり、その自然を、田園を、街並みを、なつかしげに眺めながら散歩される様子を想起せずにはいられない。

    そして、「最上の親孝行」という言乃葉に込められた想いの深さ、真実を現代人の我々はどれほど理解できるだろうか? この言乃葉はじつによく、英霊の偉大なる遺徳を端的に説明している。浅薄な者は「親より先に死ぬのは不孝だろう。だから、戦死者は被害者だ」などというかもしれない。

    だが、日本人としての最上の徳は、天皇陛下のために忠を尽すことにあり、そのために自己の命を捧げるより上のものはない。そして、この「最上の徳」を実行しえた人生の幸福、成功は、かの楠木正成公にも勝るとも劣らないものがある。これほどに、讃えるべき、うらやむべき、見習うべき、人生の幸福、成功などほかにあろうか? そして、子として、「最上の徳」を実行する以上の親孝行などあろうか? 

    まさに、文字どおりの「最上の親孝行」である。

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