大空の白雲を墓標として

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大空の白雲を墓標として

       海軍少佐 吹野 匡 命
       神風特別攻撃隊旭日隊
       昭和二十年一月六日
       比島方面にて戦死
       鳥取県淀江町出身
       京都帝国大学卒 二十六歳

遺 言 状

 母上様

 匡は永い間本当に御厄介ばかりおかけして参りました。色々の不孝の上に今又母上様の面倒を見る事もなしに先立つ不孝をお許し下さい。
 昨秋、私が海軍航空の道を選んだことは、確かに母上様の胸を痛めた事と思ひます。常識的に考へて、危険性の少ない道は他に幾等もありました。
 國への御奉公の道に於ては、それでも充分果たされたかも知れません。併し、この日本の國は、数多くの母達の尽きざる悲しみと歎きを積み重ねてこそ立派に輝かしい栄を得て来たし、又今後もこれあればこそ栄えていく國なのです。私の母上はこの悲しみに立派に堪へて、日本の國を立派に栄えさせてゆく強い母の一人であると信じたればこそ、私は何の憂ひもなしにこの光栄ある道を進み取ることが出来ました。私が、いささかなりとも國に報ゆる所のある益良雄の道を進み得たのも、一に母上のお蔭であると思ひます。
 母上が、私をしてこの光栄ある海軍航空の道に於て、輝かしい死を、そして、いささかの御奉公を尽くさせて下さつたのだと誇りをもつて言ふ事が出きます。
 美しい大空の白雲を墓標として、私は満足して、今、大君と愛する日本の山河とのために死んで行きます。

【昭和三十九年七月靖国神社社頭掲示】

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コメント3件

  1. 外 山 より:

     海 を隔ててはいるものの、常時、大国に囲まれている
     我国の島の位置からして、生きて帰れる余裕のある戦
     いというのは存在しない。
     
     他所の国と異なり、出兵は死を意味する。 必ず存亡が
     懸かって居るから、軍人の死亡率が高いから途中で止
     めるなどできない。

     海軍少佐 吹野 匡 命 の考察通りである。

     皇紀 2671年11月16日

  2. 外 山 より:

     
      お吸い物が食卓にあがって想います。

      澄んだ中に、鮮やかなものが姿をなす。

      澄んだ心に鮮やかな姿があるのだと考えます。
     
                                   皇紀 2672年 3月 4日(日)

  3. 外 山 より:

      
       弟さんが特攻隊員のアンパンマンの著者 やなせたかし氏 の歌詞
       「愛と勇気だけが友達さ」には、勇者は身を殺して仁を為す精神が
       入っていると思います。
     

                                   皇紀 2672年 9月 20日(木)

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