遺書

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遺書

        陸軍曹長  久米俊彦命
        昭和十九年十一月二十日
        フィリピン群島ミンダナオ島
         サンカナンにて戦死
        鹿児島県鹿児島郡西桜島村出身
        二十五歳

畏クモ大命ニ依リ、外敵征討ノ途ニ就ク。男子ノ本懐之(これ)ニ勝(まさ)ルモノナシ。
遂ニ待望ノ日ハ来ル。生キテ祖國ノ土ハ踏マズ。笑ッテ護國ノ鬼ト化ス。
為念一言遺ス。

 一、皇恩ニ感謝シ、皇室ノ御繁栄ヲ祈ル。
 一、戦死ハ武人ノ本懐ナリ。嘆クナカレ。
 一、名誉アル遺族ナリ。
   世人ノ講評ヲ享(う)クルナカレ。
 一、兄弟姉妹相助ケ、母上ニ孝養ノコト。

二十有余年間ノ親不幸ヲ謝シ、母上ノ御健康ヲ祈ル。
慎也ハ軍人トナル様、励マサレタシ。

今日ありて 明日ある身とは 思ふなよ
 皇國(すめらみくに)の 防人(さきもり)ならば

なげくなよ 桜の花と ちりし我
 ほほえみ来たれ 靖國の杜

母上様
兄上様
姉上様

【平成二十二年十一月靖国神社社頭掲示】

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コメント3件

  1. 外 山 より:

     「笑う」というのには、
     「喜ぶ」という作用と「恐怖を制圧」という作用があると思います。

     ヒザがガクガクするのも、
     戦闘力を体に行き渡らせ全身で武者震いすれば集中力になります。

     笑うのは、強い者の証であると想います。

     皇紀 2671年11月16日

  2. 外 山 より:

     武士は畳の上で妻や娘に手をとられて死ぬのではなく、
     戦場で ※馬の皮につつまれて戦友に死を悼んでもらう
     ものだ、という感じが流石。

     ※「大丈夫まさに馬革を以って屍を裹(つつ)むべし」の
       勇ましい常識(皆が決まり文句とする位)が、なかな
       か教育が行き届いている証拠。

     皇紀 2671年12月 9日

  3. 外 山 より:

     
                    生キテ祖國ノ土ハ踏マズ
     
       既に、護國の鬼と成るものと死後の予定が決まっている。振り返らず、
     死と真っすぐ向き合う力。
     
       僕の好きな乃木さんの言葉に、武士はイノシシが後ろを振り向かない
     ように勇ましくありたい、もののふは 前しか向かないというのがあります。
       また勝海舟さんなら 、トンボは尻尾を切られても平気で飛んで行きそ
     うだと、その物事に動じない鈍感力の大切さついて話していて、この「 泰
     然 」が西郷さんだと 、「 人を相手とせず、天を相手にせよ 」と成ります。
     
       尾っぽを切られても後ろを向かず何事もなく進んでいく、 こういう小さ
     なことを気にしないところが気持ち快い。 気にしないというのが 気になら
     ないとなったのが、「 天を相手とする 」であると思います。 天というのは、
     全てを内包しているもの。容れるという大きさ。
       更に天とは理想のことでもある。 乃木さんの理想 、西郷さんの理想。
     それは 、真っすぐ生きるということ。 そう生きて死ぬならば、 たまたま死
     んだのであって、曲がって生きられるのは偶然生きているだけのことであ
     る 、 そういう孔子さんの歩む方向性を生きた所が両者を尊敬するところ
     である。
     
       道義においては一身を顧みず必ず踏み行うべき事(西郷さんの言)の
     大事さをわかるのは 、理想に生きる心が万人にあるため。既に活発であ
     るか、まだ未発であるかの違いはあるけれども、天に向かう心が同じ。そ
     うであるから、人物(天を相手としている人)を発見すると天に向う心が刺
     激されて感激があるのだ。
     
       道義に真っすぐ飛び立って天の理想を成し英霊となった武人を尊ぶ。
     

                                  皇紀 2672年 2月 9日(木)

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