大好きなお母さん

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大好きなお母さん

        陸軍中尉  伊賀 新太郎 命
        昭和十九年七月十六日
        比島ルソン島北方海域にて戦死
        東京都淀橋区出身 二十六歳

 お母さん、新太郎の大好きなお母さん。笑って下さい。決して泣かないで下さい。新太郎は堂々と闘ったのです。大部分はお母さんの御手柄であります。
 新太郎の行動の後にはお母さんの優しいお姿が何時も付いて居て、新太郎を励まして下さったのです。美しい名も無き野花の真中に打ち伏すとも、キラくと銀色に輝く南海の藍の底に眠るとも、新太郎はお母さんの懐の中に眠るが如く安らかに眠ります。何も話をしなくともお母さんのお顔を見て居る丈で新太郎は何時も満足でありました。
 御心尽しのお守札は最後迄私の傍にあります。何も書けません。お母さん、新太郎の大好きなお母さん、たくさんの一人息子を国に捧げた人もあります。強く明るく生きて下さい。お祈り致します。伯父様の後に続きます。私共の後に続く者の強き足音が聞えて参ります。日本は必ず勝ちます。

大日本帝国万歳
天皇陛下万歳

新太郎
御母上様

【平成二十一年七月靖国神社社頭掲示】

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コメント4件

  1. 外 山 より:

    英霊の方々に力強い足音を届けねばなりません。

    戦いでの黒星はもう絶対に付けさせない。

    皇紀 2671年11月11日

  2. 外 山 より:

     
       次こそは、圧勝します。
     
                                  皇紀 2672年 4月 22日(日)

  3. 外 山 より:

     
                      後に続く者の強き足音
     

        たしか将棋の棋士の言葉に、「 小さい頃尊敬していた先輩は今や戦う
        相手となった。恐縮していると越えられないから、同等と考えるようにし
        ている 」 こういうのがある。
     
        同じく限界を超える方法に、こんなのもある。

        < 「 棒ほど願って箸ほどかない、箸ほど願って針ほどかなう 」 という
          諺がある。大きすぎるくらいの大志、大望をいだけ > ( 影山さん )
     
        もし、英霊と同等であるとしたら、英霊達の学んだところを真似するの
        が英霊の姿を真似ることに近い。もし、「 願って英霊ほど叶う 」 なら、
        活き活きした英霊の生きた頃の、英霊を醸成する環境を ( 現在の国
        が用意はしてくれないから ) 自分でつくるのが精神を体現することに
        近い。
     
     
                                   皇紀 2672年 9月 22日(土)

  4. 外 山 より:

     
     ◎ ◎                                        ◎ ◎
     ◎                                             ◎
                     英霊の肩車からの視界
     
            「 前の世代の肩の上に立って勇敢に頂上を目指す 」

                         ( 物理学者 ブライアン ・ グリーン さん )
     
            伝統は 、強くて ニューゲームって ことだな 。    
     

                    皇 紀 2672年 10月 19日 ( 金 )
     ◎                                              ◎
     ◎ ◎                                        ◎ ◎

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