白木の箱が届いたら

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白木の箱が届いたら

        陸軍伍長 小塩 久夫命
        昭和十九年十二月二十三日
        比島北サンフェルナンド
        北方海域にて戦死
        鳥取県西伯郡大高村出身 二十六歳

(前略)お母様、かうして懐しい御名をお呼びするのも幾度もないでせう。でもお母様、決して悲しんではなりません。久夫は立派な軍人です。母上は、此の久夫のお母様です。(中略)望み叶って、あの靖國のみ社に赴けますならば、香り高く咲きにほふ九段の桜の下でお母さんの訪れを待ってゐます。何一つとして御手助けもする事を得ず、去り逝く久夫を許して下さい。久夫は勇ましく華と散り逝く覚悟です。久夫、死の報あっても決して悲しんではいけません。泣いては兵の母として何よりの辱です。
白木の箱が届いたら、唯一言「久夫よくやった」と莞爾とほめてやって下さい。お母様が育てた鼻たれ坊が晴れてお役に立つときが訪れたのです。久夫はそれを頼りに喜んで靖國の宮に迎へられます。(中略)ではお母様、末永く御幸福であって下さい。久夫は常にお祈りしてゐます。(後略)

久夫より
母上様

 【平成十八年十二月靖国神社社頭掲示】

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コメント2件

  1. 外 山 より:

    「とんぼ捕り、今日はどこまで行ったやら」

    これは、既に亡くなってもういない子供だけれども、心か
    ら消えず、料理なら子供の分も用意してしまう母親の心
    境が読ませた歌です。

    「シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
        
        生まれてすぐに こわれて消えた」

    これも同じく、死せる子を悼んだ歌です。

    このように、子供というのは何より大事であるから一般
    に「 赤紙が来てから奉公しても良いでしょう 」と、子が
    戦場に行くのを止めさせたいのが母心であると想います。

    その気持ちは、いかなる場合でも大義より愛が先行され
    るものだから公に尽くす精神の励みに成りにくいはずだ
    けれども、そうして大切にされた子供の安心と感謝が、
    やがて大事なものを護るために戦おうという決心へとつ
    ながるのだと思います。

    それが清々しい心境と言葉となっていくのだと思います。

    こういう別れの言葉を言える人になりたいと思います。

    皇紀 2671年11月11日

  2. 外 山 より:

     
     この時の覚悟が、
     生きるいまの今日の朝につながっている。

     朝、目覚めるように、
     心の高さに覚醒できたのは、戦前の軍人達の御蔭だ。

     だから、感謝しているんだ。
     そうして、いま生きている。

     
     皇紀 2672年 1月 11日

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