僕は唱歌が下手でした

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僕は唱歌が下手でした

          陸軍憲兵曹長 佐藤 源治命
          昭和二十三年九月二十二日
          ジャワ島バタビヤにて法務死
          岩手県出身 三十二歳

    一、僕は唱歌が下手でした
      通信簿の乙一つ
      いまいましさに人知れず
      お稽古すると母さんが
      やさしく教へてくれました

    ニ、兄弟みんな下手でした
      僕も弟も妹も
      唱歌の時間は泣きながら
      歌へばみんなも先生も
      笑って「やめ」といひました

    三、故郷を出てから十二年
      冷たい風の獄の窓
      虫の音聞いて月を見て
      母さん恋しと歌ったら
      みんなが泣いて聞きました

    四、僕のこの歌聞いたなら
      母さんきっとうれしさに
      頬すり寄せて抱き寄せて
      「上手になった良い子だ」と
      ほめて下さることでせう

【平成二十二年一月靖国神社社頭掲示】

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コメント2件

  1. 外 山 より:

     歌というのは心の美しさが声音となって現れたものであると、本で知ったけれども、やはり
     その通りで巧みさを超えるものがあるのですね。

     ※この本は『礼記』だったと思います。
     
     皇紀 2671年11月11日

  2. 外 山 より:

     泣いて聞く歌というのは、
     その中に大変な情が編みこまれているはずです。


     《 人の心は一つの音楽である。人の心でも感情は自我の状態の
      そのままの意識で、最も音楽的なものである。それは必ず声音
      に発する。「 楽の音は人の心から生まれたものである。情がそ
      の中にこめられ、声としてあらわれる。声は、美しい言葉となる。
      これを音楽という 」と『史記』の楽書にも説いている 》

    (『「人間」としての生き方 現代語訳 東洋倫理概論 を読む』より)

    耳に聞こえる前の声。その声の前の情。そして、それを司る心。

    こういったものが総動員された時、
    最高の歌となるのだと想います。

    皇紀 2671年11月13日

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